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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)246号 判決

一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

二 取消事由に対する判断

原告は、取消事由として、審決が、本願発明における、手動操作可能なミシン始動操作手段をミシンアームの顎部に配置した構成((b)構成)とミシン始動時にミシンモータを自動かつ強制的に緩起動運転させるようにした構成((c)、(d)構成)を組合せた点の推考困難性及びそれに基づく作用効果の顕著性を誤認又は看過した結果、本願発明の進歩性を誤つて否定した旨主張するので、判断する。

1 前記当事者間に争いのない本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証、第六ないし第九号証及び弁論の全趣旨を総合すれば、本願発明は、従来の電動ミシンが通常足踏み式のコントローラを用いるものであつたのに対し、片手による操作(手動操作)のみで始動を含むミシン操作の全工程をなし得るようにした電動ミシンに関し、かかる電動ミシンにおいて、ミシン始動時の使用者の不安感を除去するとともに、始動操作後直ちに両手を使つての加工布の移送案内作業をなし得る等の操作性をも向上させることをその技術的課題とし、前記本願発明の要旨のとおりの構成の採択、殊に、手動操作可能なミシン始動操作手段をミシンアームの顎部に配置した構成((b)構成)とミシン始動時にミシンモータを自動かつ強制的に緩起動運転させるようにした構成((c)及び(d)構成)を組合せることによりほぼ右目的に沿う作用効果を得ているものであること、この点を更に敷衍すれば、ミシンにおける縫製針の上下運動が速いことから、始動操作手段を片手で操作して始動させる電動ミシンにおいて作業効率を向上させ加工布の移送案内等の縫製作業の誤りなきを期するためには、始動操作手段は縫製作業と同時に操作し得るか又は始動に用いた片手をできるだけ早く戻して縫製作業につけるように縫製作業部位の手近に配置されることが望ましいが、他方、ミシン始動操作手段を縫製作業部位の手近に配置すると、縫製針が急激に始動した場合、作業者が縫製針に無意識に又は誤つて接触することにより作業者自身が怪我をしたり着衣の袖を引つかけたりするおそれや、特に不慣れな作業者が加工布の移送案内作業が縫製針の動きに追い付かないおそれが予想されること、本願発明においては、ミシン始動時にミシンを自動かつ強制的に緩起動運転させることによつて((c)及び(d)構成)、いわゆるミシンの急激な走り出し現象を防止して、作業者にミシンの正常な作動を確認し得るだけの心理的、肉体的な余裕を与え、もつて、手動による始動操作手段を縫製作業部位に置くことにより作業者に生ずる怪我、着衣の破れのおそれや作業の失敗のおそれに対する不安感を除去し、ミシンアームの顎部という縫製作業部位の手近に同手段を配置((b)構成)し得たものであり、かかる構成の組合せにより、前記のような電動ミシンにおいて、手動操作によるミシン始動に際し作業者に不安感を与えることなく操作性の良い電動ミシンを提供するという作用効果を得ているものであることが認められる。

2 これに対し、第一ないし第三引用例に審決摘示(審決の理由の要点2(一)ないし(三))のとおりの記載があること、本願発明と第一引用例記載のものとの間に審決摘示の一致点及び相違点があること(同3の(一)、(二))は当事者間に争いがない。右事実にいずれも成立に争いのない甲第三ないし第五号証を総合すれば、第一引用例記載の電動ミシンは、該ミシン作動のためのコントローラとして、停止、固定低速駆動、ミシン機枠上の速度指令操作手段によつて予め設定された高速駆動に切り換える切換えスイツチを備えた足踏みコントローラを採用し、高速駆動用の高速回路とは別に独立した固定低速の低速回路を設け、足踏みコントローラの踏込み角を順次大きくしていくことにより、ミシンモータを停止、固定低速、設定高速の順で駆動させるようにしたものであつて、その目的及び作用効果は、従来のこの種のコントローラが連続的速度制御方式のものも段階的速度選択制御方式のものも、一定速度を保つためには、コントローラの踏込み角等を比較的狭い範囲内に保つ必要があり、最大踏込み位置で所望の速度が得られるように設定した場合にも低速を得るための踏込み角が変化する等の不都合を解消する点にあること、第二引用例記載のものは、通常のミシンのミシンアームの顎部内側にタツチレバースイツチを取り付け、指先で右スイツチを軽くタツチすることによつて自動的にバツク縫いをなし得るようにしたタツチバツク(バツク縫い)装置であつて、その目的及び作用効果は、スイツチを縫製作業部位の手近に配置することによつて縫製作業の能率化を図る等の点にあること、また、第三引用例記載のものは、モータの始動時の立上がりを緩徐に行うための緩和始動回路であつて、その目的及び作用効果は、モータ等の大きなリアクタンスを有する機器における、始動時に大きな突発電流を生じ、機器の損傷を招いたり、テレビ等の画像を乱したりする等の欠点を解消する点にあることがそれぞれ認められる。

3 以上によれば、第一引用例記載のものは、本願発明の電動ミシンのように片手で始動等の操作をなし得るようにした電動ミシンではないから、本願発明とその前提を異にし、前記1認定のような本願発明の課題自体を欠くものというべきであるが、その点はさて措くとしても、審決摘示の相違点(1)に係る本願発明の構成(手動操作可能なミシン始動操作手段をミシンアームの顎部に配置する点に関する。)の想到容易性等を導くために引用されたものであることが明らかな第二引用例記載のタツチバツク装置も、これを縫製作業部位の手近に配置することにより作業能率を向上させることを狙う点では本願発明と軌を一にするものの、該装置の設置位置の問題は、原告主張のように、作業者自身がミシンの作動及びその作動状況を十分認識している、ミシン作動中の操作に係るものであるから、本願発明とはその前提を異にし、同引用例にかかる装置をミシンアームの顎部に設置する点の記載があるからといつて、直ちに、前記1認定のように、作業者の不安感に対する配慮が不可欠である場合に、手動操作可能なミシン始動操作手段をミシンアームの顎部に配置したものである本願発明の構成の容易想到性を裏付けるものとはいいがたく、またその場合の作業者の不安感に対する配慮を度外視してその容易性を論ずること自体、相当とはいいがたい。また、同引用例記載の作用効果も、審決指摘(審決の理由の要点2(二))のとおり、スイツチが手近にあるため返し縫いを必要とする小物縫製等で大幅な能率アツプを得ることができるというにとどまり、このことから、直ちに、ミシン始動時にミシンモータを自動かつ強制的に緩起動運転させる構成と相俟つて奏し得た前記1認定の本願発明の作用効果が予測し得るものでもない。更に、審決摘示の相違点(2)に係る本願発明の構成(ミシン始動時にミシンモータを自動かつ強制的に緩起動運転させるようにする点に関する。)の想到容易性等を導くために引用されたものであることが明らかな第三引用例は、本願発明におけるミシン始動時にミシンモータを自動かつ強制的に緩起動運転させるための具体的構成を開示するものといえるが、その目的及び作用効果は、前記のとおり、モータ等が始動時に大きな突発電流を発生することに伴う機器の損傷等を防止する点にあり、同引用例の記載から直ちに、本願発明におけるようにミシンの縫製作業部位の手近にミシン始動操作手段を配置することに伴う作業者の不安感を除去するために、そのミシンモータを自動かつ強制的に緩起動運転させるための構成を利用するという着想が導かれるものとは認めがたく、また、前記1認定のような本願発明の作用効果が容易に予測し得るとも認めがたい。

4 そして、前掲甲第三ないし第五号証によつて認める第一ないし第三引用例の全記載に審決が周知事項として指摘する点を総合しても、前記1認定のような、本願発明が手動操作可能なミシン始動操作手段をミシンアームの顎部に配置すること((b)構成)とミシン始動時にミシンモータを自動かつ強制的に緩起動運転させるようにすること((c)及び(d)構成)を組合せた点の構成や、かかる構成採用の目的及びこれによる作用効果が示唆されているものとは認められないから、審決が、右各構成を個別に判断して、いずれの構成も想到容易であつて、格別の作用効果を奏するものでないとし、また、これらの構成を組合せたことによつて格別の作用効果が得られるものでもないとした点の判断は誤りというほかない。

5 この点に関し被告は、本訴において乙第一号証の一、二、第二ないし第七号証を提出するなどして、本願発明の構成が想到困難なものではなく、また、これによる作用効果も当業者の予測を超えるものではない旨るる主張するが、成立に争いのない右乙号各証によれば、これらの証拠がいずれも前記1認定のような組合せに係る本願発明の構成や目的、作用効果を示唆するものでないことは明らかというべきであるし、被告の主張1及び2の点も、審決同様、各構成の想到容易性及び作用効果の非顕著性を個別に主張するものにすぎず、また、各構成の組合せによる作用効果について述べるものと認められる被告の主張3のミシン始動時にミシンモータを緩起動運転させる構成とミシン始動操作手段をミシンアームの顎部に設ける構成との関係に関する主張も、前記1認定のように、本願発明においては、両構成が密接に関連している点を正解しないことに基づくものというほかないから、採用の限りでない。

6 そうであれば、原告主張の取消事由は理由があり、審決のこの点の判断の誤りがその結論に影響を及ぼすことも明らかであるから、審決は違法として取り消されるべきである。

三 よつて、原告の本訴請求を認容する。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

(a)ミシンモータ1の指令速度を定めるために手動操作可能な速度指令操作手段30をミシン機枠上に配置し、その操作手段30の操作に関連して発生された運転速度指令信号に従つてモータ駆動回路Aによりミシンモータ1への電力供給を制御するミシンにおいて、(b)そのミシンを始動するために前記速度指令操作手段30から独立して手動操作可能なミシン始動操作手段31を、ベツド40に向つて垂下する上方アーム42の顎部44に配置し、(c)前記運転速度指令信号のレベルまで漸次変化する始動速度指令信号を発生するために前記ミシン始動操作手段31の操作に関連して作動する始動指令回路(17、21、22、33乃至35等)を設け、(d)前記モータ駆動回路Aがミシン始動時に前記始動速度指令信号に従つてミシンモータ1への電力供給量を漸増させ、その始動速度指令信号が前記運転速度指令信号に従つてミシンモータ1への電力供給量を制御することを特徴とする(e)電動ミシン。(なお、(a)、(b)、…は爾後の説明の便宜上当裁判所において付記したもので、以下、各構成を「(a)構成」、「(b)構成」ともいう。)

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